あの笑顔の奥の涙へ(1):セクハラ阻止の体験記

これは二部シリーズの第二部です。第二部はこちらからご覧になれます。

[警告: 内容の一部にセクハラの描写が含まれています。]

令和二年、暖かい春の昼下がりの午後、私は中野駅近くの公園で読書をしていた。公園の隅っこの木陰のベンチに座っていた私は、公園内の芝生のエリアにブルーシートを敷いてピクニックをしている親子たちの声を聞きながら、政府による緊急事態宣言は嘘であるかのような、温和な読書の時間を過ごしていた。そんな中、三十メートルほど先にあるベンチに、一組の若い男女のカップルが私の方に背を向けた状態で座っていた。二人はピッタリとくっついて座っていて、男性の方が女性の肩に手を回していた。

次の瞬間、男の腕に力が入った。咄嗟に反発するように彼女の後頭部が動いたが、それを強引に手の平で抱え込むようにして、男は彼女の口に自分の唇を押し当てた。彼女の方は、初めびっくりしたかのような身体の反応をしたあと、男の額に手のひらを当てて、外側に向けてそっと何度か押し返したが、途中で諦めたかのように押すのを止めた。しかし、彼女の手は男の頭や身体を抱擁し返すのではなく、彼の肩や腕などで押せる場所を探すように、一箇所にとどまることなく、絶えず動いていた。そのまま数分間が経過した。

今、一体何が起きたのか?頭では理解できなかったが、直感的に疑問が浮かんだ。

「今この男は、彼女にキスを強要したのか?」

彼女の身体は男と逆方向に傾こうとしていたが、男の腕力がそれを許さなかった。自分の中で、警鐘が鳴り響いた。「止めに入らなきゃ」という思いがよぎったが、直ぐに別の考えがよぎった。「もうちょっと様子を見てから、本当にセクハラかどうかを判断した方がいいんじゃないか?」「彼女ははっきりと助けを求めてないし、男のことも本気で押し返してない。押すことも途中で辞めて、ほぼ無抵抗状態にすらなっているじゃないか。」

この時点では、まだ自分の直感に確信が持てなかった。このカップルは、自分の三十メートル先のベンチに座っていて、しかもこちら側に背を向けており、私には彼らの顔が見えなかった。そのため、もう少し状況把握を続けることにした。

強引なキスが終わったあとも、彼女の首回りを抱えている男の肩と腕には、はっきりと力が入っていた。彼女は男から身体を離そうと力んでいるように見えたが、ベンチから立ち上がったり、声をあげて助けを呼ぼうとはしなかった。このとき、直感的にこれが現行犯のセクハラであることが分かった。

そうなるや否や、心の内で、自分に対する「損得勘定」が始まった。

  • この男の体格はどれくらいか。この男は、暴力団員か、チンピラか。自分が止めに入ったとして、喧嘩を吹っかけてきそうか。本人はナイフを持ってたりしないか。
  • 止めに入った後、「オメーは関係ねーんだから、引っ込んでろ」と言われたら何と言い返せばいいか。この口論には、どれくらい時間と労力が取られるか。
  • 具体的にどうやって止めに入るか。最初に何て声をかければ、自分が間違っていたときに恥をかかないで済むか。
  • 警察沙汰になったらどうするか。警察署で何時間も事情聴取したり、裁判所に呼ばれたりする必要が出てくるのか。

自分の中で、止めに入ることがいかに「メリット」のないものかを主張する、自己中心的な考えが次々と浮かんだ。止めに入った後に、自分に対して何が起こりうるかに気を取られ、本来はあるべき被害者の女性への共感がストップしていた。しかし、こうした自己中心的な考えが浮かんだことに対する自責の念が、すぐに生じた。この一年半の間、仕事や生活習慣も大きく変えて、人間としてきちんと成長するための努力してきたつもりになっていた私だが、実際には目の前の被害者の女性への思いやりよりも、自己防衛心が勝ってしまいそうになっていた。そんな自分が信じられず、直ぐに自分の中で自己批判が巻き起こった。そんな中、時間だけが刻々と過ぎていった。落ち着いて考えようとしても、自分の中で「彼女は実は誰かに助けを求めており、自分が割って入る必要がある」という考えに心から合意することができなかったのだ。

一瞬だけ、彼女が男と反対側に顔を向けた。遠目から彼女の横顔を見た私は、自分の目を疑った。その横顔は、笑っていたのだ。二人の間で、会話が再開した。私の頭はだんだん混乱してきた。「このカップルにとって、さっきのやりとりは当たり前なのか?」しかし、男の腕にはまだ相当な力が入っており、彼女の首回りをガッチリと動かないように押さえているように見えた。

他に誰か、「これはおかしい」と思っている人はいないか。そう思って周りを見渡したが、このカップルの斜め向かいに座っているカップルは、距離が近いのに全く関心がないのか、意図的に見ないようにしているのか、目の前で起きていることにから自分たちをシャットアウトしている様子だった。

過去20年以上東京に住んできた私は、今まで街中でセクハラに遭っている人を助けに行く人を一度も見たことがない。そういうシーンは少年漫画や、「電車男」などの物語の中で、主人公が女の子との接点を持つポイントとしての定番シーンとして描かれるだけで、現実社会にはほぼ皆無だと思っていた。特に東京では、他人への無関心と無視が当たり前になっており、助けを求めている人がいたとしても、それを感知する能力すら鈍った人で溢れてしまったように思えてならない。この日の犯行現場の数メートル向かいに座っていたこのカップルの無関心さも、こうした東京の悪しき雰囲気の影響力を暗示していたのかもしれない。

被害者の女性が本当に助けを求めているかを確認するために、一度このカップルを正面から見てみることにした。30メートルほど歩いて彼らの横を通り過ぎたときに、二人の顔が見えたが、そこで私はさらに混乱した。彼女は、自然な笑顔を見せたまま、手では男の身体を押し返そうとしていたのだ。

男からセクハラや暴力を振るわれているとき、女性の多くは、はっきりと嫌悪感を示したり、真っ向から反撃するための行動を取らないことが多い。これは、女性にとって、すでに攻撃的になっている男の神経を、さらに逆撫でしないための自己防御策である。特に日本の女性は、暴力的な男性や彼氏から圧力をかけられてたとき、我慢して自分の本当の意思を押し殺してしまう傾向が強い。(1)(2)

そうは言っても、こうした知識を持っていることと、実際のセクハラ行為を自分で目撃することは、全くの別の体験であった。顔の表情と身体のジェスチャーが矛盾していたことで、彼女の本当の感情が非常に見えにくくなっていたのだ。彼女の笑顔があまりにも自然に見えたので、私は自分が考えすぎていたのではないかと思い直して、読書を再開することにした。

しかし、自分のベンチに座って本を開いた瞬間、次の考えが浮かんだ。

本当は止めに入るのが怖いだけなんじゃないか。

彼女が助けを求めている気配には、始めから気づいていて、もし本当にそうだとしたら、呑気に読書などしている場合ではない。このまま無視し続けたら、自分は周りを見て見ぬふりする大人たちと結局同じではないか。ここで恐怖心に屈してしまえば、これまで中学バスケ部のコーチとして、子供たちに「恐怖から逃げずに、しっかりと向き合う」と話してきたことが嘘になる。自分がただの口だけ野郎で、偽善者となってしまう。そうなることを想像すると、ゾッとした。

もう一度、彼らに目を移した。すると、彼女は顔を男の方に向けたまま右腕を伸ばし、自分のバッグの持ち手を掴んだ。しかし、そこから立ち上がって帰ろうとする素振りがない。それでも、ピンと張った右腕はカバンの持ち手を離さなかった。よく見ると、男が彼女を帰さないように、身体の一部を掴んでいるようだった。彼女の意思が最もはっきりと示された瞬間だった。

「恐怖を感じること自体は問題ではない。でも、何もしなければ後悔する。」

このときの私の心理は、バスケットボールを例にすればよく分かる。自分が大事なバスケの試合でプレーしていて、最終ピリオドの残り5秒、2点差で負けている状況だったとしよう。自分のもとにボールが来て、完全にフリー(ディフェンスが目の前にいない状況)になったとしよう。他のチームメイトにはディフェンダーがついていて、パスは出来ない。自分は、そこでシュートを打つべきか。「外したくないから…」と思って、シュートを打たないまま試合に負ける方が、打って外して負けるよりも、何千倍も情けないし、後悔をする。そもそもシュートを絶対に決めなくてはいけない、というプレッシャーを感じる必要はない。一番大事なことは、自分にとって最高のシュートを打つこと。

だから、私はシュートを打つことにした。

本を閉じ、ゆっくりと鼻から深呼吸した。そのまま深く呼吸をしながら、現場へと歩いた。カップルに一歩ずつ近づくなかで、最初に何を言うべきかのアイデアが浮かんだ。呼吸と足並みに集中していたので、他のことは頭になく、計画もなかった。

カップルの座っているベンチの3メートルほど前で止まり、静かに男を睨みつけた。二人も私に気がついて、こっちを見返した。女性の顔にはまだ笑みが残っていたが、今回は気持ちが揺れなかった。私は男の目を見ながら言った。

「俺の勘違いかもしれないですけど、嫌がってませんか?」

間髪入れずに、女性が回答した。「はい、めちゃくちゃ嫌がってます。」そう言った途端、彼女の顔から笑顔が消え、鋭い恐怖とショックがじわじわ表情から滲んた。目の奥には、ゆっくりと大粒の涙が浮かんだ。

「遅すぎた…」そう思った。この瞬間まで、この女性がこれまでの時間でどれだけの恐怖に耐えていたのか、私は気づくことが出来なかった。彼女の心は、すでに深い傷を負っているようだった。もっと早く行動できなかった自分に苛立ちを感じた。

男に向かってこう言った。「自分が何をしたのか分かってますか?犯罪ですよ。警察呼べば、あんた刑務所行きですよ。」

男はすぐに謝ったが、ただその場をやり過ごそうとしているだけのように見えた。顔にもまだ薄く笑みが残っており、真面目で、誠実な謝罪には思えなかった。そこで彼女が遮るように言った。「さっきから帰ろうとしているのに、掴んで離してくれないんです。」

「今のうちに帰ってください。」彼女に言った。

「今ですか?」

「はい。」

初めは少し驚いた様子だったが、彼女はすぐにカバンを持って立ち上がり、現場から歩き去っていった。ベンチから歩いていく彼女の目からは、涙が溢れそうになっていたが、私は何の声もかけなかった。彼女が離れるに乗じて、この男が何かをしでかさないかに全集中が向かっていて、他に頭が回らなかった。このあとに彼女が今日の出来事を話せる親や友人がいるかどうかは全く分からなかったが、とりあえず男から離すことを最優先した。

現場は男と私だけになった。ここからの私の役目は、a)男が彼女を追跡できないようにするための時間稼ぎと、b)男に自分が冒した過ちの深刻さを理解させることだった。この時点で、私の内側にあった恐怖心は完全に消えていた。代わりに、彼女の内面の様子に気がつけなかったこの男と、私両方に対しての怒りが煮えたぎっていた。

男は私の両目をまっすぐと見ていた。だいたい20代前半くらいで、まだあどけなさが残る、黒髪のジャニーズのメンバーであるかのような雰囲気をもっていて、イケメンな顔立ちをしていた。公園自体が大学のすぐそばにあったので、彼も、先ほど歩き去った彼女も、同じ大学の生徒だったのかもしれない (3)。私は、自分の内側の怒りをコントロールしながら、ゆっくりと尋問を始めた。

「あんた、自分が何をしたのか分かってんのか?」

「彼女、普通に嫌がってましたよね。申し訳ないです。」

「いや、自分がマジで何をしたのか分かってる?

答えは返ってこなかった。彼の顔からは笑みが消えていたが、目の奥には罪悪感が見られなかった。

ちょっとした気持ちでやったのかもしれないけど、あんたは今、彼女の心にでっかいトラウマを作ったんだぞ。あんたのせいで、彼女は今晩眠れないよ?これから何日も眠れないよ?それがどういうことか、どれだけ大変なことか、あんたちゃんと分かってんのか?

私の言っていることの意味があまり理解できていない様子だった。

「自分は間違ってました。こんな公の場でやらない方が良かったですよね。」

私は自分の耳を疑った。今この男、公の場でなければやっても良かったと言ったのか? この男が、こういう行為をこれまで繰り返してきたように思えて、背筋に寒気が走った。

ちがうだろ。公の場所じゃなくてもやって良い訳ねーだろ。家の中だったら誰も助けに来れねーだろ。」

私は、この男に対して一切怒鳴らないと決めていた。仮に怒鳴ったり、殴ったりしたところで、この男が自分の行いを本当の意味で反省して、再犯をやめることにはつながらない。今の刑務所のシステムでも、単なる罰則ではなくて、再犯プログラムのような、もっと内面的な教育をするものの効果が出ていることが分かっている(4)。

一方で、一度の会話で人が変わることはないことも、私は重々承知していた。彼の若さから、ここで警察を呼んで彼を前科者にしてしまい、一生を台無しにしてしまうことも避けたかった (5)。そこで、少し違うアプローチを試みた。

彼の目を真っ直ぐ見たまま、声を荒らげず、一言一言に気持ちを込めて、言葉を発した。

「あんたは自分が人としてすっげえ問題があるってことを、分かってるか?自分がでっかい問題を抱えてるってことを、ちゃんと自覚しなきゃだめだ。自分が彼女をどれだけ傷つけたのかも分かってないだろ?このまま自分に対して何にもしないと、また同んなじ事を繰り返すぞ。そしたら、もっと多くの女性にトラウマを作ることになる。そんなふうに考えてみたことがあるか?無いんだったら、そんだけ深刻な問題が自分の中にあるって、自覚しないとだめだ。」

彼の顔は微動だにしなかったが、私の目を真っ直ぐと見つづけていた。まだ若いこともあり、自分の行為の真の意味も、自分がどんな人間なのかも、深く理解できていないようだった。そこで、私は続けた。

「俺は、あんたが誰なのかも、これまでどんな人生を送ってきたのかも全く知らないよ。でも、多分いろんな大変なことがあって生きてきたんだと思うよ。でも、どんなに大変だったとしても、それを他の人にやっちゃいけねえ。自分が人にされた事を繰り返しちゃだめだ。もっとあんたが強くならなきゃいけねえ。自分に負けないように、強くなるように努力しなきゃいけねえ。暴力の連鎖は、あんたで止めなきゃいけねえ。」(6)

彼の表情が一瞬揺らいだ。彼の表情に、少し驚きの色がちらつきはじめた。

「トラウマを持った人を増やしたいと思ってんのか?そうは思わないだろ。そうだったら、もっと真剣に自分と向き合わなくちゃだめだ。そうしないと、また他の人に繰り返すぞ。でも他に人にしたことは、巡り巡ってぜんぶ自分に返ってくんだぞ。自分がしたことはいずれ全部自分に戻ってくんだぞ。それをちゃんと覚えておけ。そんで、自分の人生を考え直せ。」

彼は、顔を少し上下に振った。

私は、自分の座っていたベンチに戻って、読書を再開した。そこで、自分の身体がおかしな反応をしていることに気がついた。全身の筋肉がガクガクしてきて、震えもだんだん大きくなってきたのだ。おそらく怒りを抑えていた反動なのだろう。どうすれば治るのか分からないまま、とりあえず本の残りを素早く読み終えた。十分ほど経ったところで、男は携帯を見ながら立ち上がり、中野駅まで歩いていった。

帰宅途中も、落ちつかなかった。もっと早く止めに入れなかったことへの罪悪感が渦巻いていた。最初にカップルの異様な様子を目撃してから、実際の行動に移るまで、実に20分もの時間が経過していたからだ。もっと自己中な考えに気を取られていなければ、彼女の心理的ダメージももっと軽くて済んだのではないか。また、もしかしたら連続レイプ犯だったかもしれないあの男を、警察に突き出さずに帰らせたことも、甘かったのではないか。そんな考えが頭の中をグルグル回った。

個人的に、自分の心の収拾がつかなくなることはあまり無いので、正直このときは自分にも戸惑い、不安になった。助けに入ったことが正しいことだったことは分かっていたが、あとでこれほどの感情の渦が巻き起こるとは、思いもしなかった。自分がやったことに対する達成感は無くて、ただ罪悪感と自己否定の念に囚われる時間が続いた。

数日経って、今ではなんとか心も落ち着いている。自分の気持ちを単純に日記に書く、というとってもシンプルな方法で、自分の気持ちの波も静まり、気分も楽になることを初めて体感した。出来事について友人と話したり、母親にメールのやりとりをしたことからも、大分助けられた。今となっては、自分をサポートしてくれる友人や家族に恵まれたこと、この出来事からもいくつもの大きな学びがあったことに感謝している。

自分のとった行動に意味があったのかは、今でも分からない。男にも女性にも名前を聞かなかったし、彼らが誰なのかも、その後どうなったかも、全ては分からないままだ。でも、私は止めに入れて良かったと思えている。自分の恐怖心に支配されずに、できる限りのことはやれたと。

東京でも、困っている人を助けたいと思っている人は、きっと沢山いる。「見て見ぬふり」は、街中で突然遭遇するセクハラの現場にどう対処すればいいかを知らない証明ではあっても、そうする人全てが悪い人間である証拠にはならない。被害者のために行動するためには、圧倒的な身体の強さも、恐怖心を全く抱かない鋼の心も必要ない。むしろ一番大切なのは、助けに入ろうと思ったときに自分の内面で発生する感情の波に流されずに、どう自分を行動まで持っていくかだ。感情の荒波の中で、どのように自らが意図する方向へ前進するのか。その方法が、学校や会社などを通してもっと幅広い人に共有されれば、お互いを助け合える社会を築いていける。セクハラの現場が目の前で起こっても、無視と無関心に逃げる必要がなくなる。

そんな希望を込めて、次回の記事では、この「波乗り」のコツをみていきたい。

P.S. 第三者としてセクハラや暴力の現場から被害者を逃がすための行為は、英語圏ではBystander Intervention(第三者の介入)と言われており、そのための講習や対話といったものが、大学や学校を始めとして、一部のNPOや会社でも広く行われている。

(1) 朝日新聞の調査によると、実に全体の55%もの女性が「本当は嫌だったのに性行為に応じてしまったことがある」と回答している。社会の中で、男性を立てて、男性の言うことを聞くように女性を教育する体質が、日本には強く残っていることの大きな弊害の一つが、ここに垣間見れる。

(2)男の方も、女性の本当の気持ちを尊重するために、性行為に至る前の段階で女性からはっきりと合意を得る、という男女の基本的なルールを教わらないで育つ。親や学校、会社などで、こういうことは話題にすらならないため、そもそも性行為をするにあたって、女性から合意を得ようとすらしない人もたくさんいる。こうした男女関係の基本に関する教育がなされない弊害として、恋愛や異性間交流に関する基本知識を持たない青年・少女の多く(特に男子)は、アダルトビデオや、映画、漫画などを通して、そうした関わり方を学んでしまう。その結果、本人に悪気がなかったとしても、女性の「ノー」に気づかない男性も多々存在する。多くの男性は、女性の気持ちに配慮することを知らないまま、加害者となってしまうのだ。

(3) ちなみに性的暴行の75%は、知り合いによる犯行だと言われている。

(4) 島根県のとある刑務所で試験的に実施されている日本で唯一の再犯防止プログラムが、再犯率を他の刑務所の半分以下にするほどの効果を持つことは、プリズン・サークルという素晴らしいドキュメンタリー映画にも描かれている。再発防止を最重要課題とした場合、私たちは犯罪者が自分の心と向き合う機会を与えなければいけないのだ。

(5) 前科者であることで社会復帰が非常に厳しくなることについては、こちらをご参照ください。

(6) 暴力に手を染める人の多くは、同じく暴力的な家庭や環境で育った過去を持っている傾向がある(暴力の世代連鎖に関しては、こちらこちらを参照)。虐待や性的虐待をされて育った人は、自分の心に深い傷を抱えており、その傷が癒えないままだと、無意識に他人を傷つけてしまうことが多い。そんな彼らを外側から罵倒して非難しても、問題の根本的な解決にはならない。彼らに必要なのは、自分の過去を受け入れ、自分の過ちを認め、心から反省する事である。その上で初めて、再犯防止への道が拓ける。

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