スポーツで人格者は育つか?

子供の教育において「スポーツは人格者を育てる」という言葉はよく耳にする。その中でも、学校教育においてスポーツ活動を担っている運動部の部活は、「子供の自主性を育む」ための規律と集団行動を実践する教育の場として、教室での座学とは一線を画す位置付けになっており(1)、実に、中学生の7割、高校生の5割が運動部に所属している(2018年データ)。しかし、もし運動部の活動によって本当に人格者が輩出されているのであれば、日本の社会は人格者で溢れているはずである。現実はそうだろうか。

過去4年間、中学校の部活動でバスケットコーチをやってきた私は、学校の部活動が、逆に多くの子供のポテンシャルや感性を潰す場になっているように思えてならない。それどころか、指導者が無自覚の間に子供たちにトラウマやコンプレックスを植え付ける場になっているようにさえ映る。

まず部活動自体が、子供たちに接する指導者の首を絞めつけるシステムとなっている。ただでさえ多忙な学校業務のかたわら、長時間・休日返上で一年中部活指導を行なう先生方の裏には、目に見えぬ苦悩と、ブラック企業以上に劣悪な労働の実態がある。「部活離婚」や「部活未亡人」という言葉すらある。少子化や社会的な文化の変化によって、「お客さん」である保護者の対応にも神経をすり減らすことになり、現在の教職は保護者の「下請け業務」になってしまったと言う人さえいる。こうした労働・社会環境から来るストレスやプレッシャーが影響して、指導者には心の余裕がなくなる。

自分の中に余裕がない指導者は、子供に対して寛容でいられなくなる。そのため、子供が予想外のことをしたり、言うことを聞かなかった場合に、それがなぜかを訊ねる前に叱りつけたり、罰を与えてしまう。自分に余裕が持てない性で、コーチが無意識のうちに生徒の感性や学びのプロセスを蔑ろにして、代わりに自分のエゴを満足させているのだ

今の部活の現場の多くは、もはや「遊び」ではなく「仕事」の場と化している。スポーツを好きなように自由に楽しむのではなく、コーチや保護者の要求のままに練習して、プレーしなければならない。子供たちは「本当はどんな練習をしたいか?」や「どんな練習が楽しいか?」といった質問を聞かれない。「コーチに言われたことをそのまま実行しなくてはいけない」というプレッシャーを常に感じながら、子供たちは部活動に勤しむ。

そのため、昨今の部活動では、子供たちから「遊び」が奪われている。空き地や野山で友達と遊んでいるときには許された無垢なチャレンジ精神や失敗の繰り返しが、スポーツの現場、つまりコーチや保護者の目があるところでは許されない。こうした豊かで創造性に溢れる精神を育むために最も大切な「遊び」の要素が、子供を自分の思いのままにしようと画策する大人によって抹殺されてしまったのだ。つまり、子供たちは自らの意思に基づいて、自らのペースで、自らの学びのプロセスをコントロールすることができなくなったのだ。

そのせいか、最近の子供は昔に比べて自己肯定感が低く、元気がない。「遊び」や「自由」を許されなかった子供ほど、自分の力で何かを成し遂げたという経験に乏しい。そのため、自分の能力に自信を持てず、大人や周りの人の言葉をもとに自己評価をしてしまいがちになる。自己肯定ができないため、自尊心が低く、自らの意思も弱いままの子供が増えている。自分のチームだけでなくて、練習試合や公式戦の会場などで別の学校のチームをみていても、この傾向を強く感じる。自分の好きなことをのびのびとやるような好奇心を持った子供や、大人の叱咤にめげない子供の数が、すでに減っていると危惧されていた10年前の私の世代と比べても、さらに減ったのではないか。大人が無意識のうちに子供から「従順さ」を手に入れたことで、子供は自然な好奇心や探究心、自発性、創造性を失ったのではないか。この事実に、もっと多くの大人が気づかなくてはいけない。

では、なぜ大人は子供から「遊び」を奪う「泥棒」になってしまったのか。それは、大人自身が、過去の人生経験が自分に及ぼしている影響を消化できていないからである。大人(ここではコーチや保護者)は、潜在意識の中に眠っている劣等感やプライド、ストレス、怒り、罪悪感などの「吐け口」を、自分よりも立場の弱い子供に求めてしまう。そんな中で、子供を自分のエゴの延長だと勘違いしているのだ。

例えば、自分が指導している子供の活躍の良し悪しによって、自分自身の価値が上下すると感じる指導者や保護者は多い (もちろんこれはスポーツに限らず、勉強の成績や、楽器の演奏能力など、他の種目にも大いにあてはまる)。自分の教えている子供がスター選手になったり、自分のチームがたくさん勝つようになれば、自分の指導能力が肯定され、社会的ステータスも上がっているように感じる大人が多いのだ。子供の活躍に応じて、子供たちへの愛情表現をガラリと変えてしまうコーチや保護者さえいる。つまり、自分の内面に潜むコンプレックスやトラウマが「今の自分」に与えている影響を認識、もしくは受け入れられていないため、子供から「自由」や「遊び」を奪っていることにも気づけないのだ。

InSideOut Coaching: How Sports Can Transform Lives (和訳: 内から外へのコーチング:スポーツを通して人を変えるために)の著者であるジョー・アーマン(Joe Ehrmann)は、このように子供に対して、「アメとムチ」や恐怖政治、人間操作、交換、といった手法で自分の望みどおりの成果を引き出そうとするコーチを、取引型コーチ(Transactional Coach)と呼ぶ。思春期の子供たちは、いくら生意気で強がっているように見えても、自分で自己価値を客観的に評価したり、肯定したりするのが難しい成長段階にいる。取引型コーチは、そんな自分の自信を構築できていない子供の心理につけ入って、「結果に基づく見返り」を与えることを謳って子供を思い通りにコントロールしようとする。しかし、この「取引」は全く対等なものではない。どんな「アメ」と「ムチ」を用意するのか、また、それを与えるか、与えないかの決定権は、全てコーチが掌握しているからだ。

アーマン自身も「取引型」の父親とコーチによって育てられた過去があった。「選手時代は、大人から自分という存在を認めてもらうことに必死だったよ」と、アーマンは語る(2)。彼は、高校から地元で有名選手で、大学でも全米選抜選手に入り、平均選手寿命が3.3年と言われているNFLで11年間プロとして活躍し、プロ8年目にはNFLのオールスターにも選出されたという輝かしい経歴を持っている。しかし、学生選手時代の彼にとって、そうした栄誉の数々はあまり意味を持たなかった。彼がスポーツをやっていた本当の理由は、試合で良い活躍をすることで、父親や監督から褒めてもらい、認めてもらうことだった(3)。アーマンの心理を「アメ」と「ムチ」で支配し、彼の価値がアメフトの活躍っぷりによって決まる、という考えを刷り込み続けたのが、他でもないアーマンの父親であり、学生時代のコーチだった。たまたまアメフト選手としての体格と才能に恵まれたアーマンにとって、スポーツで良い結果を出すことは、自己肯定感を得られる数少ない有効な手段の一つだったと、本人は語る:「あのときは、”アメフトスターのジョー・アーマン”という響きが、なぜかただの”ジョー・アーマン”よりも輝いて聞こえてたんだ。」

しかし、そんな中でもアーマンの心の奥には、その窮屈な枠組みの中を生きなければならない息苦しさや、本当の自分とは違う「理想の誰か」を演じ続けることからくる強い違和感がつきまとった。本人はNFL選手時代には、その感覚から逃れるために違法薬物とアルコール、パーティーに溺れる日々を過ごしていたという。選手を引退してからコーチに転換したアーマンは、こうした自分の心の闇を克服するために、長い年月をかけて自分の過去や感情に素直に向き合い、それらを受け入れ、自らの人生を大きく見直した。その上でInsideOut Initiativeと呼ばれる、勝利至上主義を是正して、真の人間教育としてのスポーツ指導を広める活動を行なっている。(4)

自分自身の闇と向き合い、克服する努力をしてきたコーチは、「変革型コーチ(Transformational Coach)」になることができる。変革型コーチは、自分が子供に対して大きな影響を持っていることを認識し、逆にその立場を活かして子供の内面的、精神的育成を助け、子供の人生にポジティブに変えていくコーチである。このタイプのコーチは、子供の倫理観、社会性、感情、心理的欲求によく注意を払い、一人ひとりに必要なサポートを判別して、その子供の人生を豊かにしていける。また、スポーツにおける子供の「遊び」の重要性を認識し、それを許容して、子供自身の自己肯定感を高めるためのサポートを行うことができる試合に勝つことや、スター選手を育てることよりも、子供の人間教育を優先できるのだ。

コーチの真の目的は、共感力と誠実性に長け、強い責任感を持って社会を良い方向へと変えていく人間を育てることだ、とアーマンは論ずる。そのためには、コーチ自身が自分の心の傷や闇と向き合うことから始めなければならない。自分の倫理観、社会性、感情、心理的欲求を熟知することで、初めてより良い自分になるための努力ができる。子供たちは日々、コーチの一挙手一投足をみて、他者との関係の築き方や、道徳観、倫理観を学んでいく。コーチ自身が自分の感情をコントロールできず、ミスをした生徒を怒鳴るようなことがあれば、子供はそれをみて「自分の立場が上のときは、下の人のミスに対して怒鳴ってもよいのだ」という解釈をしかねない。このような日々何の気なしにやっている行動を子供が無意識に学びとり、将来の自分の同僚や部下、配偶者、家族に対して繰り返すようになってはならない。逆に、コーチが自らが先手を打って、自己改善に務めることで、子供はこの自己改善への努力と姿勢を、コーチから直に学びとることができる。本当の意味での子供の人格育成は、こうしたお手本を通したプロセスが不可欠である。

子供の教育に携わる大人は、自らの生き方や価値観、指導方針、指導方法をちゃんと自分で振り返っているだろうか。自らの過去からくるトラウマやコンプレックスを認識して、それを子供に投影しない努力をしているだろうか。ちゃんと子供の視点に立って、自分の指導を評価しているだろうか。子供に「直せ」ということを、自分で体現できているだろうか。「指導」という建前の下で、自分のエゴを満足させていないだろうか。「コーチや保護者という、子供にとって絶対的に影響力のある立場にいるからこそ、自分がお手本になるための努力を怠ってはいけない」、とアーマンは教えてくれる。

*ここまで批判的なことを書いてきたが、私自身、過去の四年間の中で、生徒をしっかり理解しないまま、不必要に傷つけてしまった経験はたくさんある。自分の過去やトラウマと正面から向き合ってこなかったがために、自分がそれまで大人から受けてきた言葉や指導法を、無意識のうちに選手に対して繰り返していたことを自覚して、反省している。生徒の心理ではなく、自分のエゴを優先してしまった場面は、今から振り返ると、ほとんど自分が気づかぬうちに起きていたように思う。その負の傾向を変えていくために、自分でコーチングの勉強と実践を重ねるうちに、アメリカの新しいコーチングや、スペインのレアル・マドリードの指導者講習会に影響を受けて、自分自身の指導法も劇的に変わっていった。そこでの根本的な学びの一つを、本記事にした。

**これまでで非常に参考になったコーチング関係の情報ソースは以下の通り:

  • Phil Jackson著のSacred Hoops: Spiritual Lessons of a Hardwood Warrior(邦題なし) ちなみに、フィルはバスケットボールの神様と呼ばれるマイケル・ジョーダンや、今は亡きコービ・ブライアントなどと共にNBAを合計11回も制覇した経験のあるヘッドコーチである。瞑想をNBAのチーム練習に取り入れたり、チーム全員がオフェンスに参加するトライアングル・オフェンスなどを実施したことで知られている。
  • W. Timothy Galloway著のInner Game of Tennis (邦題:こころで勝つ!! インナーゲーム)。ちなみに、この本は、かつてマイケルジョーダンと共に選手としてNBA制覇をし、2015年からの5年間で今度はヘッドコーチとして自分のチームを三回NBA優勝に導いているSteve Kerrが、とあるインタビューで薦めていたもの。これも瞑想的な考え方をスポーツの技術上達のために応用したもの。
  • Carol Dweck著のMindset: The New Psychology of Success (邦題:マインドセット :「やればできる!」の研究)これは、リーグ屈指の名コーチと言われている名門ボストン・セルティックスのヘッドコーチであるBrad Stevensが、アメリカ全国に「ポジティブ・コーチング」という新しいコーチング哲学を広めるための啓発セミナーでオススメしていた本。伸びる子供を育てるためには、技術指導ではなく、成長型マインドセットというのを身につけさせるのがもっとも効果的であるといったメッセージが読みとれる。
  • Coaching Culture by Thrive on Challenge:どうすれば、ポジティブで良いチーム文化を根付かせ、選手の技術を向上させながらも、人間としての成長を促すことができるのかに関する内容が、毎エピソード30分弱でまとまっているポッドキャスト。とても実践的かつ、本質的な情報量を配信している。Insideout Coachingは、このポッドキャストを通して知った。
  • The Coaches Toolbox :人格形成や良いチーム文化の形成に関するコーチングの情報が毎日無料配信されるメールサービス。

(1) 全国調査によると、運動部が日本独特の活動であることは、「そろそろ、部活のこれからを話しませんか」「運動部活動の戦後と現在: なぜスポーツは学校教育に結び付けられるのか」を参照ください。

(2) 最近Netflixで話題になっている”The Last Dance“というバスケットボールの神様と言われているマイケル・ジョーダンのドキュメンタリーの中で、マイケル・ジョーダン自身も、自分がバスケに熱中した理由は、自分の兄よりもバスケットボールで良い成果を出すことで、「父親から愛情をもらうため」だったと語っている。

(3)アメリカの少年スポーツは、大人のエンターテイメントとなっており、それによっても勝利至上主義が推進されていることは、谷口輝世子さんのブログにも書かれている。

(4)この他にも、アメリカにはNBAの有名コーチも多々属している、ポジティブコーチング・アライアンスといって、選手の社会的、感情的ニーズをしっかりと把握して受け入れた上で、それにポジティブに答えられるコーチの育成を推進する団体がある。ゴールデンステート・ウォリアーズのヘッドコーチ、スティーブ・カーや、ボストンセルティックスのコーチ、ブラッド・スティーヴンスも、National Advisory Boardのメンバーとして関わっている。

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