
2020年、全国の有機・自然栽培農家さんを巡る旅に出た。きっかけは福岡正信さんの『わら一本の革命』を読んだこと。魂が揺さぶられ、自然の摂理を学ぶために農業をやろうと決めた。もともと農家さんに伝手がなかった私は、日本で環境活性型の農業を学ぶための取っ掛かりを模索した。そんなとき、たまたま原宿にある老舗マクロビ料理店「もみの木ハウス」と出会った。
ご飯があまりにも美味しくて、不意に涙がポロポロとこぼれ落ちる。そんな不思議な経験をしたのが、もみの木ハウスだった。飾らないシンプルな料理。味はもちろん、口に入れた瞬間に全身の細胞が震える美味しさというものが、この世界に存在することに感動した。農業を始める前に、もっとこうした食材について学びたい。そう思った私はお店のシェフと掛け合って、二ヶ月だけボランティアスタッフとして働かせてもらうことになった。
もみの木ハウスの食材は、全て自然栽培か有機栽培で育てられた作物で、オーナーシェフの山田英知郎さんが農家さんを一軒一軒巡って、自ら直接仕入れたものだった。調味料も全て天然由来・古式伝統製法で作られた一流品のみ。あらゆる食材に一切の妥協がなかった。
たとえ食材が高価だったとしても、自分が心から良いと思えるもの以外をお客さんに食べさせることはできない。自然環境にも人にも良い作物を育てている農家さんを応援することがもみの木ハウスの役割であり、こうした本物の食材を食べることで、自分の人生を変えていくという「生き方」を提案するお店でありたい。英知郎さんの想いは実体験に基づいていた。
当時で既に70歳。細身で小柄な英知郎さんは、朝7時の仕込みに始まり、夜12時の店終いまで働き続ける過酷な業務を、通年週6日のスケジュールで休みなくこなし続ける鉄人だった。もちろん風邪なんてひかないし、体調も崩さない。本物の食べ物を日々の食事のベースとしていれば、過酷な労働も涼しくこなせる精がつく。本物の食材の真価は、日々の活力を大きく上げることにあった。
「あなたという人間は、良い食べ物が作ってくれる」そう語っていた英知郎さんは、食材の品質が農法で決まることを教えてくれた。雑草や病気に負けることなく、力強く伸び伸びと育った作物は、すさまじい生命力を持つ。私たち人間は、そんな作物の生命力をいただくことで健康になり、快活に生きられるのだと。
6月に入り二ヶ月間のボランティアが終わった。お店の取引先の農家さんを紹介してもらった私は、ついに生産現場を巡り始めた。それから約半年で、西は愛媛県、北は北海道まで、30件以上の有機・自然栽培農家さんを訪ねて回った。
11月の末、もうそろそろ就農先を決めようとしていたとき、最後に訪れたのが「自然農法無の会」だった。お店で一緒にボランティアをしていた東京の友人が、突然会津に移住し、就職していた風変わりな有機農園だった。栽培面積も、なんと通常の有機農家の3〜5倍。一体どんなところなのか。
そこで私は、これまでの自分の全てが未来につながっていくような、底深い衝撃を味わった。
***この記事は2023年3月22日に福島県の地元紙・福島民報の「民報サロン」にて掲載された記事のデジタル版になります。***